私たちのあゆみ

私たちの研究の歩みは、大きく三つの段階に区分できる。

1 小集団学習の導入 -教師中心の一斉授業の克服をめざして

 ほぼ40年も前になるが、わが国の教育学研究は、従来の思弁的・観念的方法一辺倒から実証的方法の導入が試みられるようになった。哲学の体系の中にではなく教育の具体的現実的過程の中に教育の法則性を見い出そうとする新しい方法による研究が始まった。

 末吉悌次(広島大学教授・当時)を中心とする同大学教育社会学研究室は、社会学的方法による教育過程の実証的研究に着手した。

 学習指導過程を規定する主要な構造要因として従来の「教師・教材・子ども」を「学習内容・学習主体・人間関係」に修正し、授業の集団過程という新しい研究視角を開いた。

末吉悌次編『集団学習の研究』(明治図書 昭和34年)として世に問われた本書は、日本における授業の実証的研究の画期的成果であった。

 この時期の研究は、主として教科指導過程に焦点がおかれた。当時、普通一般に教育現場でみられる授業は一斉指導形態であり、それは「学習活動の偏り」や「学習者間の競争」を生み、「学習者を受け身の位置」においた。

 そして、この一斉指導形態の授業が、学習活動に参加できない者を置き去りにして進行していることを実証的に明らかにした。この問題点を克服するために、小集団(小グループ)による協同学習の導入を提案し、実践家と研究者とが協同して学習の集団化の方法を開発しようと努力を重ねてきた。しかし、この段階では、私たちの研究協議会は誕生に至ってはいなかった。

 

2 「個を生かす集団づくり」の理論的・実践的展開 ー集団主義教育批判との関連で

 「個を生かす集団づくり」の主張のもとに「全国集団学習研究協議会」(略称「全集研」)が誕生する直接のきっかけとなったのは、昭和40年代、日本の教育界に台頭してきた集団主義教育を研究対象とした片岡徳雄(広島大学助教授・当時)を中心とする理論的実証的研究である。

 その研究成果が『集団主義教育の批判』(黎明書房 昭和50年)である。

 本書は集団主義教育が一部のエリートの養成にはなっても全体としての子どもの意欲を削ぎ、子どもの創造性や教師の子どもに対する多面的評価が欠落することなど、その事実を教育上の問題点とし批判し、日本の教育界に大き波紋を呼び起こすことになった。

 日本の教育界に伝統的に存在し続ける個人主義の教育(一斉指導)を一方で批判し、他方で、集団万能の傾向を有する集団主義的教育を「教育の論理」にそぐわない教育論として退けようとするとき、私たちは、第三の道として「自由と創造と個性」と「平等と協同と連帯」を同時に求める「個を生かす集団づくり」の主張をどう実践するか、よりいっそう細かい方法と理論を求めて、実践家と研究者の共同研究の場が求められた。

 こうして、「全集研」が末吉悌次会長を中心に第1回の徳島大会(昭和49年)において結成された。

 以後、第20回の北九州大会まで「全集研」という名称のもとに研究活動を展開してきたが、この間、研究大会のテーマは一貫して「個を生かす集団づくり」であった。その意味するところは、実践家と研究者による「個を生かす授業づくり」「個を生かす学級づくり」「個を生かす特別活動づくり」であった。

代表的な著書として、次のものがある。

 ◇高旗正人『自主協同学習論』(明治図書 昭和53年)

 ◇双書『個を生かす集団づくり』全8巻(黎明書房 昭和51年〜昭和53年)

 ◇片岡徳雄・倉田侃司編著『全員参加の授業づくりハンドブック』(黎明書房 昭和59年)

 ◇片岡徳雄・高旗正人編著『全員参加の学級・学校行事づくりハンドブック』(黎明書房 昭和62年)

 昭和50年代から60年代に及ぶ私たち「個を生かす集団づくり」の理論的実践的成果は、わが国の教育のあり方に少なからぬインパクトを与えてきたと自負している。

 

3 「個を生かし集団を育てる」教育 -21世紀の日本の教育を拓く

 しかし、ここに一つの新しい問題が生まれてきた。平成の新しい教育の課題、21世紀に入る我が国の教育の方向―個性重視の教育―に対して、私たちの研究会はどう積極的にかかわっていくというのか。具体的にいえば、従来のスローガン「個を生かす集団づくり」、あるいは会の名称の「集団学習」研究協議会で、果たしてよいのだろうか。昭和63年から会長の任を引き継いだ片岡徳雄(広島大学教授・当時)を中心に、理論的・実践的にこのことが真剣に討議された。その結果、私たちの従来の主張(先に示した10か条)は基本的に今日も生き、将来も大きく変わることはないであろう。しかし、今日の早急な問題はもはや「個を生かさない集団づくり」の克服、つまり極瑞な集団主義教育の克服にあるのではない(もちろん、未だにその問題は残っているにしても)。むしろ、問題は、個性重視や個性形成の理論と方法をどう構築し、実践していくか。「個性を生かす集団づくり」をどう進めるかとともに、いやそれにも増して、「集団の中で個性を、どう開き・生かし・育てる」かにある。既に「個性の教育」が「個性化教育」や「個別化教育」「個人教育」といった考え方でなされ、集団や社会との広い関連を見失う問題も台頭してきている。私たちの研究会が終始一貫、「個人の形成も」「集団の形成も」と考えてきた理論と実践が確認されなくてはならぬ。こう考えたとき、本会の名称を、「個を生かし集団を育てる学習研究協議会」に改称し、その名のもとに初めての、通算では第21回の山口大会が開催されるに至った。

 では、個性の形成に焦点を当てた教育をいかに展開していくか。個性と教育の関係を広く社会・文化論的視点から論じた先駆的なものとして、片岡徳雄著『個性と教育一脱偏差値教育への展望』(小学館 平成6年)、授業・特別活動場面での個性形成の方法・視点等を具体的に明らかにしたものとして、片岡徳雄著『個性を開く教育』(黎明書房 平成8年)がある。

 また、「子どもの個性を開くストラテジー」と銘うった片岡徳雄・高旗正人監修の実践講座3巻本(本会メンバーが執筆者)が平成8年に黎明書房より刊行された。 

  • 倉田侃司・新富康央編著『子どもの個性を開くストラテジー①総合編』
  • 押谷由夫・西 英喜編著『子どもの個性を開くストラテジー②小学校編』
  • 相原次男・南本長穂編著『子どもの個性を開くストラテジー③中学校編』

 さらに、「生きる力を育てる教育の創造」をテーマにしたシリーズ本(全国個集研監修)が平成12年から19年にかけて下記の通り黎明書房より刊行された。

(平成12年)

  • 第1巻 新富康央・佐賀県個集研 編著『体験活動を生かし個を育てる』
  • 第2巻 高旗正人・新潟県集団研 編著『人間関係をつくる力と生きる力を育てる』
  • 第3巻 相原次男・山口・下関個集研 編著『よさに向かう力を育てる』

(平成13年)

  • 第4巻 高旗正人・岡山県個集研 編著『子どもに学ぶ「生きる力」』
  • 第5巻 讃岐幸治・南本長穂・愛集研 編著『豊かな学びで生きる力を育てる』

(平成14年)

  • 第6巻 高旗正人・熊本県個集研 編著『自立と共生の心を育てる小集団学習』
  • 第7巻 高旗正人・相原次男 編著『「生きる力」を育てる教育へのアプローチ』

(平成19年)

  • 『自立と共生の授業づくり・学級づくり  ー不易を貫く、新しい流れをつくる  』 相原次男・熊本県個集研 編著 

   とはいえ「個を生かし集団を育てる」教育の研究は緒についたばかりである。個性とは何かを含む、個性形成の課題が教育の現場に巨細に共有されているとは必ずしもいえない。

 私たちは、「個を生かす集団づくり」で蓄積していたノウハウを基礎に、新しい時代に即応した「個を生かし集団を育てる」教育へ向け、いっそうの理論的・実践的深化を図らなくてはならない。私たちの研究成果が、21世紀の日本の教育を拓く重要な鍵の一つになると信じるからである。